大判例

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名古屋地方裁判所 昭和43年(モ甲)179号 判決

申立人 三興製紙株式会社

右代表者代表取締役 剣持増蔵

右訴訟代理人弁護士 鈴木匡

同 大場民男

同 清水幸雄

同 佐治良三

同 加藤保三

同 後藤昭樹

同 服部豊

被申立人 古畑盛男

右訴訟代理人弁護士 伊藤公

主文

一、被申立人を仮処分申請人、申立人を仮処分被申請人とする当庁昭和四一年(ヨ)第二二五号仮の地位を定める仮処分等申請事件について昭和四二年七月一〇日当裁判所が言渡した仮処分判決主文中第二、第三項を取り消す。

二、申立人のその余の申立を却下する。

三、申立費用は被申立人の負担とする。

四、この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

申立代理人は、「主文掲記の仮処分判決(以下、本件仮処分判決という)を取り消す。訴訟費用は被申立人の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その理由として次のとおり述べた。

一、申立人は、昭和四一年三月一日その従業員であった被申立人を解雇した。

二、被申立人は、右解雇に関し、申立人を相手取り名古屋地方裁判所に仮の地位を定める仮処分等を申請し、同裁判所は、これを同庁昭和四一年(ヨ)第二二五号仮の地位を定める仮処分等申請事件として審理したうえ、昭和四二年七月一〇日「(1)被申請人が昭和四一年三月一日申請人に対してなした解雇の意思表示の効力を本案判決確定に至るまで仮にこれを停止する。(2)被申請人は本案判決確定に至るまで仮に申請人を被申請人会社祖父江工場第二抄紙課調成係勤務の従業員として取り扱え。(3)被申請人は申請人に対し昭和四一年二月二七日以降本案判決確定に至るまで仮に一ヶ月金二六、四二五円の割合による金員を支払え。(4)訴訟費用は被申請人の負担とする。」旨の本件仮処分判決を言渡した。

三、しかるところ、被申立人は、昭和四三年三月一日、祖父江町町会議員に就任し、同町から毎月議員報酬として金一八、〇〇〇円、毎年期末手当として金五九、四〇〇円(報酬月額の三・三ヶ月)を各支給されることとなった。ところで、申立人の就業規則には従業員が公職についたときは、その期間は公職休務者となし、また申立人の給与規程によれば公職休務中の者には給与は支給しないことになっている。

従って、被申立人が仮に解雇されなかったとすれば、前記町会議員に就任することによって申立人から当然公職休務者として取り扱われ、就任期間中は給与不支給の取り扱いを受けることになるのであって、申立人はこの見地から本件仮処分により仮に従業員たる地位にある被申立人に対し昭和四三年六月二四日の本件第二回口頭弁論期日において被申立人を就業規則に基づき公職休務者となす旨の意思表示をなした。

してみると被申立人は申立人から給与の支給を受け得る地位を失ったことになるから、これは本件仮処分判決言渡し後重大な事情の変更があったものというべきである。

四、つぎに、被申立人が本件仮処分判決第三項によって申立人から支給を受け得る金員は、年間三一七、一〇〇円であり、一方町会議員として支払を受け得る金員は、年間金二七五、四〇〇円であって両者はほぼ一致する。

このように被解雇者が解雇処分を受けた後、他に職を得てほぼ従前の賃金と同額程度の収入を得ているときには、一般に保全の必要性は消滅したものというべきであるから、本件仮処分判決後新たにその職業および従前の賃金とほぼ同額の収入を得ることとなった被申立人については、右仮処分判決を取り消すに足りる事情の変更が生じたものというべきである。

五、従って、本件仮処分判決はその言渡後以上の二点において事情の変更があったものというべく、右判決の取消を求めるため本申立に及んだ。

被申立人代理人は「本件申立を棄却する。訴訟費用は被申立人の負担とする」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、申立人主張事実中第一ないし第三項の事実は認める。但し申立人主張の議員の期末手当は毎年六月と一二月に支給される定めである。同第四項の事実は認めるが、その主張は争う。同第五項の主張は争う。

二、申立人主張の公職についた者を休務者として賃金を支給しない旨の就業規則ないし給与規程は従前は規定されていなかったのに、被申立人が町会議員選挙に立候補予定なることを知ってこれに対する方策として昭和四二年九月申立人会社の労働組合の反対にもかかわらず、新たに申立人が一方的に改定したもので、組合は同右改定規定に反対し団体交渉中であるから、右就業規則中の右条項を理由とする申立人の主張は理由がない。(現に他の組合中には、市町村会議員に就任しながら、使用者から給与の支給を受け休職の扱いはなされないところも存する。)

また町会議員の報酬月額は僅かに月額一八、〇〇〇円であって、右の程度の収入では日常生活を維持することは困難であり、いわゆる期末手当は臨時的報酬で六月および一二月の二回に分けて支給されるから、毎月の生活費にその都度充当し得ない。

以上の次第であって、被申立人の町会議員就任及びこれに伴う被申立人を休務者とする旨の措置はいずれも本件仮処分判決を取り消すに足りる事情の変更とはなし難いことも明らかであるから本申立は失当である。

≪証拠関係省略≫

理由

一、申立人主張事実中第一ないし第三の事実(但し、期末手当支給日の点を除く。)及び申立人主張のとおりの就業規則及び給与規定が存することは当事者間に争いがなく、申立人がその主張の弁論期日に被申立人を公職休務者とする旨の意思表示をなしたことは本件記録上明らかである。

二、よって、被申立人が申立人主張の日時にその主張のとおりの町会議員に就任しその主張のとおりの収入を得ている事実及び申立人主張の就業規則及び給与規定により現に被申立人が公職休務者として取り扱われている事実が申立人主張のような本件仮処分判決を取り消すに足りる事情の変更と言いうるに足りるかについて以下審按する。

一般に仮処分判決を取り消すに足りる事情の変更とは仮処分判決のあった後において右判決当時存していた仮処分の前提要件たる被保全権利ないし必要性が消滅したと目するに足りる事情の発生を指すことは明らかである。

三、これを本件についてみれば、成立に争いのない疎甲第一号証によれば、本件仮処分判決は申立人のした解雇処分は一応無効であると認定したうえで、それにもかかわらず被申立人が被解雇者として取り扱われ、しかも本案判決確定に至るまで賃金の支払いを受けられないことは特に反対の疎明のない限り、労働者である被申立人にとって著しい損害を生ずべきこと明らかであり、且つ、本案判決が確定するまでの間、被申立人が申立人に対して配転命令の無効、従って祖父江工場第二抄紙課調成係勤務の従業員として取り扱われるべきことの正当性を主張した場合、申立人がこれを受容するかどうかは確実でないから、右配転命令によって被申立人は経済的にも精神的にも多大な苦痛を受けるものとなし、これらを理由に仮処分の必要性を肯定したうえ本件仮処分を発した事実が認められ、また成立に争いのない疎甲第二号証によれば、祖父江町においては、その条例において期末手当は六月一日および一二月一日に在職する町会議員に対して支給する旨規定している事実が認められる。

従って本件仮処分判決中の必要性についての右説示と対比して考えると被申立人が現に町会議員に就任し、申立人主張のとおりの報酬及び期末手当を得ている事実及び後記給与規定により、被申立人が現に給与不支給者の取り扱いを受けている事実は、特に反証のない限り本件仮処分中賃金仮払を命ずる条項につき、その必要性を失わせるに足りる事情の変更というべきであるし、また、前記就業規則及び給与規定に基づき被申立人が現に公職休務者とされている事実は、右仮処分中申立人を祖父江工場第二抄紙課調成係勤務の従業員として取扱われるべきことを命ずる条項につき、その必要性を失わせるに足りる事情の変更というべきであることは明白である。

なお、先に認定した町会議員の期末手当が年二回に分けて支給されるという事実は右認定を左右するに足りる事由とはなし難い。

従って本件申立中前記各条項の取消を求める部分は理由があるから認容すべきである。

四、しかしながら本件仮処分判決中解雇の意思表示の効力を停止する条項については、他の条項と同列に解することは本件では早計であるといっても過言ではなかろう。

けだし本件仮処分中解雇の意思表示の効力を停止する部分(換言すれば従業員たる地位にあることを定める部分)は、不当解雇により被解雇者たる被申立人の被るであろう精神的苦痛(本業たる定職を離職することによる本人及びその家族の現在及び将来味うであろう精神的不安ないし、本人の労働意欲の減退等の精神的苦痛ないし屈辱)をも勘按し、これを経済的な損害と合してその必要性を肯定するものであることは前顕甲第一号証により容易に看做されるところである。

この見地に立ってみれば、被申立人は、町会議員に就任し現に非常勤であり、かつ在任期間も限られているのであるから、被申立人及びその家族は精神的には未だ著しく不安定な地位にあるわけであって、従って、不当解雇による精神的苦痛はいまだ解消されていないものと推認することができる。

従って、申立人主張事実は本件仮処分中右解雇の意思表示の停止の条項をも取り消すに足りる事情の変更と目することは困難であるから、本件申立中右条項の取消を求める部分は失当として却下すべきである。

五、以上の次第であるから、前示認定の範囲で申立人の申立を認容し、その余を却下することとし、申立費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき、同法第一九六条、第七五六条の二をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西川力一 裁判官 松本武 鬼頭史郎)

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